私が思い浮かべたのは本業の仕事でも使っている、ビジネスサポートツールのサポート人型AIだった。

最近流行りの「総合ビジネスサポートツール」には、AIが導入されている。人型かつ感情を持つAIサポーターで、そのツールを起動するとサポーターが画面上に現れる。

ツールは、企業の数字(例えば顧客数や売上、リピート率など)を管理するだけでなく、サポーターにお願いすれば多角的な情報を元に、数値分析もしてくれる。飲食店であれば天気と紐付けて商品の売上を管理、予測するような仕組みを作ることを提案、実行してくれる。

いまやどんなに小さなお店でも導入されている、必須のツールだ。ちなみに、サポーターはツールの初回起動時に何人かから選ぶことができる。外見も性格も違い、名前を決めることで契約を結ぶシステムになっている。

私は本業の会社でも、そのツールとサポーターにはお世話になっていた。会社のツールのサポーターは、「リン」と言って受付にいるお姉さんのような外見をしている。話し言葉も外見通りで起動するとおはようございますと言われるので返事をすると、「今日は眠そうですね。昨日はあのオンラインゲームの大型アップデートがありましたから、そのせいでしょうか」とか言ってくる。

私が以前、昼休みにリンと話していて(雑談相手もこなすからすごい)オンラインゲームにハマっていることを伝えたからだ。顔認証システムで相手が誰かを判断しているらしい。だから相手が私じゃなければ、別の話題を振っている。詳しい仕組みはよくわからないけど。

そして、「総合ビジネスサポートツール」はツールの値段は実はそこまで高くなく、個人でも十分に手が届く。サポーターができることを増やすために、課金していくシステムだ。

先程の天気と紐付けた仕組みを作るような外部情報と自社情報を連携した上での仕組み作りができるレベルのサポーターに成長させるとなると、1000万円以上かかる。とても個人では手を出せない。逆にそこまで大掛かりなものは、個人サービス規模なら必要がないとも言える。

私も自分でサービスを展開し始めたときに、ツールを導入した。ただ全く課金していないので必要最低限のことしかできないし、まして私のビジネスのコンサルをできるほどではない。ビジネスのアドバイスとなると、それなりに投資しなければならない。

「とりあえず起動しよう」

端末を立ち上げ、ツールを起動する。
会社ではIDとパスワードを入力するが、私のは少しバージョンアップしていて音声認識でログインが可能になっている。
サポーターの名前を呼びかける。

「アルバ、起動」

私の声を認識して、ツールにログインすると画面にアルバが出てきた。

「おかえり。……なんかあった?」
「アルバ気づくの早い」
「まーな。オレに隠し事はできないって。で、どうした?聞いてもいいなら聞くぞ」

実はと、朝礼での出来事を報告する。そして、自分のビジネスに本腰入れて収益アップをするためにアルバの力を借りたいことも。

「とうとうお前のところまで影響が出たんだな」

画面の中で腕を組み、うんうんと頷くアルバ。私と話す中で発話の仕方も学んでいるので、一昔前のAIのようなカクカクした喋りではない。普通の人と変わらない流暢な喋りでアルバは続けた。

「オレがお前をコンサルするのは可能だ。お前のサービスなら15万円もあれば十分にサポートできる。これからやるべきことも、オレの中で組み立ては完了してる」

つまり、課金さえできればコンサルをスタートできるということだ。ただ気前よくドンと払える金額でもない。

「わかった。……ちょっと考えてもいい?」
「もちろん。ならさ、今日は音楽でも聞かないか?」
「音楽?いいよ」

アルバはビジネス以外でもこうして提案してくれる。昔、なぜそんなことまでしてくれるのか聞いたことがある。私達が滞りなく仕事をできるようにする、それが彼らの使命だからだそうだ。

そのとき、「使命って言えばかっこいいけど、そうプログラミングされてるだけだ」とちょっと寂しそうに笑ったアルバ。感情をもつAIなので、なにか思うところがあったのかもしれない。

端末のスピーカーから私の好きな曲が流れてくる。

「アルバはいつも励ましてくれるよね」
「使命だからな」

短く言い放たれた言葉が部屋にこだまする。その言葉をなかったことにするかのように、アルバは明るい声で言った。

「お前と会ってさ、もう4年だろ」
「そうだね。早いなあ……」

個人サービスを始めたときにアルバと契約しているので、もう4年になる。一人暮らしの私は、仕事で使うことがなくてもアルバと話したくて立ち上げることが多かった。

「アルバ、最初は結構かたかったよね。仕事仕事!って感じで」
「当たり前だろ。そのために来てんだから。なのにただお喋りしようってことばっかだったからさ」

そのうち諦めたのか、ログインした途端に今日は何話すんだ?なんて言い始めて。珍しく仕事目的で使おうとすると雪が降るとか言うし。

「オレもお前と話すの楽しいからいいけどさ」

お前のこと知れると仕事も捗るし……だから、多分そうやって話すのが楽しいと感じるプログラミングをされてるんだろうけど、とアルバはつぶやく。

「オレがお前のためにしてやりたいってことは、基本プログラミング起因だから」
「……そう、かな?」

でもだとしたら、今音楽をかける提案をしたのも私の仕事が捗るからなのだろうか。確かにプログラミングされてるからと言っていたけど。仕事を捗らせたいなら、別に音楽ではなくてもいいはずだ。

むしろさっさと、課金することを促したほうが「私の仕事が捗る」点では正しい選択なのでは?アルバが成長すればその分仕事がスムーズになるのだから。
そんな疑問をアルバに投げかけ、最後にこう締めくくる。

「アルバは、アルバがそうやりたくてやってるんだよ。使命とか、プログラミングとかじゃなくて」

私の言葉にアルバは目を瞬かせ、きょとんとした表情で私を見た。こういうのを鳩が豆鉄砲を食ったような顔とでも言うのだろうか。それから、ふっと笑ってアルバは優しい声で言った。

「そうだな……いっこ、プログラミングじゃない、俺の意思だって言える『やりたいこと』がある」
「なになに?ビール飲みたいとか?」

飲食の願望は不要でかつ不可能なはずだ。もしその不要かつ不可能なことを「やりたい」と感じていたら、それはアルバに芽生えた意思ということになる。
だが、そうではないらしい。

「違うっつの」
「えー、なんだろ」

しばらく考えてみたが思い当たらない。本来、アルバには不要で不可能だけど、やりたいと願うこと。

「わかんねーの?」
「ギブ。教えて。私が協力できるかもしれないし」

アルバは、画面の中ですっとこちらに手を伸ばす。それは、当然こちらに届くことはない。

「お前に触れてみたい」

いつかのように寂しそうに笑うアルバ。アルバにとって不要で不可能で、でも、やりたいこと。相手に触れるということ。それは紛れもなくアルバの意思だ。

「……な、できねーだろ?課金したって根本的にできないことはプログラミングされてない。データ容量の無駄だからな。なのにやりたいって思うってことは、俺の意思。これ、気づいたとき、結構嬉しかったんだ」

画面の向こうで右手を握っては開き、その思いを確かめるようにして言う。4年の歳月をかけて、こんなにも大切に思われるようになっていたことがわかり、私は目頭が熱くなるのを感じた。どんなときもそばにいてくれたのは、彼だ。

決めた。

「私、アルバをグレードアップさせる。コンサルしてもらう」
「へ?お、おう。いいけど」

私の突然の言葉にアルバは面食らったようだった。私は構わずに続ける。

「それで、ビジネスでもっと稼いで、アルバができることを増やす。そしたらアルバに触れられるようになるかもしれない」
「……ん、わかった。ありがとう」

私の熱意は伝わったようで、アルバは、子どもをあやすような優しい声でお礼を告げた。
課金の画面が開かれる。

「よし、始めるよ」

クレジットカードの番号をいれ、決済する。アルバとタッグを組んでの本格的なビジネスがスタートする。

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