私が思い浮かべたのは、SNSで知り合った慎太郎くんだ。

彼は大学生の時にブログアフィリエイトというブログで稼ぐ手法で月100万円以上コンスタントに稼げるようになり、学生の間に法人化してしまったという凄腕ビジネスマンだ。フォロワー数も1万超え。いわゆる万垢というやつだった。

SNSでビジネス情報を集めていた私は、なんとはなしにそんな彼をフォローしていた。

彼は稼いでいる人特有の圧はまったくなく、平易な言葉でビジネスの考え方を伝える投稿をしていた。ときどき音声配信もしているが、話し方が丁寧、そして物腰柔らかで、非常に落ち着いた人なのがわかった。

フォローしてからというのもの、彼への好感度はどんどん上がり、今や昼休みに彼の投稿をチェックするのが日課になっている。

彼と直接やり取りするようになったきっかけは、彼がSNSにアップしていた「ラーメン」だった。「この味食べると帰ってきたって感じがする」という文言とともに私の地元のチェーン店のラーメン屋のラーメンがアップされていたのだ。

私は思わずその投稿にメッセージを送った。

「私の地元のラーメンです。すごくおいしい!というわけでもないのに、私も帰郷したときには必ず食べに行きます。特に駅前店のがお気に入りです。」

数分後、返事が来た。

「わかります。おいしいだけなら他にも店はあるんですけど、この味がいいんですよね。タイミングが合えば一緒にラーメン食べに行くのもいいですね」

なんて、万垢から返事が来たので、私は調子に乗ってDMしてしまった。

「慎太郎さんの都合に合わせて、帰郷します。ラーメン、食べましょう」

仕事はあるが、有休を使えばいいかと思っていた。このチャンスを逃す手はない。
すると、またもやすぐに返事が来た。

「その行動力、すばらしいですね。明後日、1日フリーなのでよければ」
「わかりました。じゃあ、明後日11時に駅の北口で待ち合わせでどうでしょうか」
「了解です。楽しみにしてますね」

と、あり得ないほどにとんとん拍子に彼と会うことが決まった。なぜ彼が私と会うことを決めてくれたのかはわからないが、私は上司に無理を言って明後日の有休をもぎ取り、新幹線に飛び乗り地元へ帰った。

そして、待ち合わせの時間。向こうはSNSで顔出ししているが、私はイラストのアイコンを使っていたので事前に背格好は伝えておいた。

正直、本当に来てくれるのかどうか半信半疑だった。ドタキャンされるのではないかとどきどきしていた。きょろきょろとまるでお上りさんかのごとく、駅の北口で慎太郎さんを探す。

「あ……」

見つけたとき、思わず声を出してしまった。
本当にいた。あの、ビジネスで成功している彼が、画面越しではなく、リアルで視界に入っている。一瞬、逃げたいような気持にも襲われたが、私は勇気を出して声をかけた。

「あ、あの。慎太郎さん……ですか?私、DMで、あの、厚かましくもラーメン食べに行こうって言った……」
「はい。慎太郎です。わあ、アイコンより美人さんですね。よろしくお願いします」
「はい、よろしく、お願いします!」

お世辞に返答する余裕もなく、90度以上腰を曲げ、バシッとお辞儀をした。そんな私の様子を見て、彼はくすりと笑う。

「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。名前も、呼び捨てでいいです」
「いえいえ!そんな!!」

思わぬ申し出に水浴びした犬のような勢いで首を振って答える。

「それなら、せめて「さん」はなしで。僕、直接会ったことがある人にはさん付けしないようにお願いしているんです。」
「慎太郎くん、ですか?」
「はい。じゃ、さっそくラーメン屋さんに行きましょう」

ラーメン屋さんまでの道中の話題はもちろんビジネスについてだった。慎太郎くんが今やっていることや、私がやっていること。彼は私のサービス展開について、根本的な部分を質問してきた。なぜそのサービスをやっているのか?誰に届けたいのか?届けるとお客さんはどう変わるのか?などなど。

今まで正直考えたことがなかったので、勉強不足に身が縮む思いだった。

慎太郎くんは今、地元……つまり今いるここで企業や個人商店のコンサルをしているらしい。大学のときから地元に貢献したいと考えていて、ようやくその第一歩が踏み出せたと楽しそうに話していた。

そしてコンサルの傍ら、地元飲食店を盛り上げるためのメディア運営もしているそうだ。

件のラーメン屋さんに着き、4人席へ案内される。二人で醤油ラーメンを頼む。
待っている間、今度はビジネスから離れて他愛もないことを話した。

「料理はするんですか?」

一人暮らしということを伝えたら、慎太郎くんが尋ねてきた。

「人並みには。自炊のほうが多いです」
「すごいです。僕、料理だけはどうしてもだめで……この間、レンジで卵温めたらいけないの知らなくて、爆発させちゃったんですよ」

これは、意外な。なんでもスマートにこなしていそうなイメージだった。

「それは料理というより、知っているか知らないかだけですから、大丈夫です」

フォローしようと思ったものの盛大にコケた感じがする。慎太郎くんは私の言葉に優しく笑った。

「ありがとうございます。やっぱり、プラスに捉えるのうまいですね」

一応肯定的に受け取ってくれたようだ。と、そこでラーメンがやってきた。

「おまちどうさまー。醤油ラーメンでーす」

ラーメンを運んできたお姉さんは、ラーメンと伝票を置いて下がる。私の近くに割り箸があったので、慎太郎くんに渡すと

「ありがとうございます。実は女の人と二人だけでご飯食べに来るの、初めてで」

と、唐突にカミングアウトしてきた。なぜ、このタイミングで?と内心不思議に思いながらもそうなんですねと当たり障りのない相槌を打つ。

「だから、今日、結構楽しみだったんです」
「……ありがとうございます」

なんと答えるのが適切なのかわからず、またもや当たり障りのない返事をしてしまう。いや、感謝しているのはしているから間違いではないのだけど。
とにかく今はラーメンを楽しもうと切り替えて、手を合わせてからラーメンをすする。

「うん、この味。この味」

格別においしいわけではない。でも帰ってくると食べたくなる。そして食べると帰ってきたことを実感する。そんな味だ。
二人で無心になってラーメンを食べて、店を出た。

「今日はありがとうございました。突然誘って、しかも慎太郎くんに特にプラスになることもない私とのご飯をOKしてもらって、本当にありがとうございます」

一番最初のお辞儀よりは、幾分落ち着いて頭を下げることができた。顔を上げると慎太郎くんは、穏やかな声で応えた。

「僕はあなたに会うことにプラス要素を感じたので、会うと決めました。ビジネスの知識は確かにまだまだ頼りないですが、会って実感しました。あなたは、一番大事なものを持っています」
「一番大事なもの、ですか」

なんだろう。そんなこと今まで言われたこともなければ、考えたこともなかった。なんだと思いますかと言われて、咄嗟に出たのは先程ラーメン屋で言った慎太郎くんの言葉だった。やっぱりと言っていたのはそれでか。

「プラスに捉えるのがうまいことですか」
「そうです。ビジネスでは逆境に立ち向かうような状況に幾度となく陥ります。そこで、プラスに捉える力は必須なんです」

悲観的にならないよう、努めて意識して考えているフシはあるがそれが褒められるとは。しかしなぜ私がそんな思考の持ち主だとわかったんだろう。

「投稿へメッセージを見て、同郷の人だとわかったので……今僕がやっている地元のビジネスに繋がるかもしれないという下心ありで、あなたの発信内容を見たんです。そしたら、いろんなことに前向きに発言していて、この人なら会っても無駄にはならないと思ったんです」

あの数分でそこまでやっていたとは流石。稼いでいる人はwin-winの状態にならないと動かない。だから慎太郎くん自身のビジネスに利があると見て、私のアカウントを見たのだ。私なら同じ地元の人だわーいと思って終わるだろう。

「特に、このあたりの店を盛り上げるためのメディアを運営するにあたって、店へのこだわりは重要なんです。あなたは「駅前店がお気に入り」と言っていましたよね。それを見て、決めました。

あとは僕の返事にすぐ乗ってくるかどうかカマをかけてみたら、DMをくれて即座に動ける人だったので。これなら思って」

そこまで一気に話すと慎太郎くんは、最後にこちらこそありがとうございましたと付け加えた。

でも、待って?ということは、慎太郎くんは私と地元飲食店メディア運営のヒントになるような話をしたかったはずでは?ここまでビジネスの話をしたとはいえ、そのメディアについては殆ど触れていない。その疑問をぶつけると、彼は視線をそらしてつぶやいた。

「恥ずかしながら、最初に言ったようにアイコンからイメージしていたよりも綺麗な方だったので、ちょっと緊張して」

聞きたかったこともあったんですが、あまり聞けてなくてと、尻すぼみに言う。
慎太郎くんの年相応な一面を垣間見た気がする。

このあと、ここは年上のお姉さんとしてしっかりせねばなるまいと思い、慎太郎くんを地元で知る人ぞ知る喫茶店に連れていき存分にお互いのビジネスの話をした。そこから細々とSNSのDMで連絡を取り合うようになり、今に至る。

あれから1年経ち、慎太郎くんが作ったメディアもそれなりに有名になってきていた。忙しそうにしているので受けてもらえるかわからないが、ダメ元でコンサルを頼んでみてもいいだろう。

私はさっそく、SNSでDMを送ってみた。自分の会社の現状、自分のオンラインサービスに本腰を入れたいこと、コンサルを頼みたいこと。

あまり時間が経たないうちに返事がきた。「もちろん、いいですよ。費用のお話などはオンライン電話で直接お話ししませんか?詳しいお話も聞きたいので」と。

さっそくオンラインミーティングのスケジュールを決め、慎太郎くんとのコンサルがスタートすることとなった。

ーーーーー教材へ続く!